【ウクライナ発】ドニプロの街にある集合住宅では、朝から晩まで工事が行われています。複数の作業員が、屋外では搬入されたばかりの建築資材を降ろし、屋内では電気技師が懐中電灯を頼りにパネルを加工しています。壁を削るヘラの音が、この作業が最終段階に差し掛かっていることを告げます。

ドニプロ工科大学内の集合住宅で作業する電気技師たち Photo: IOM/Stanislav Kalach

工事中、間もなくここで暮らすことになる数組の家族が様子を見に来ました。その中のオレナさんとその娘のイェフェニアさんは、ロシアの本格侵攻がはじまった2022年、戦禍の激しいマリウポリから、内陸のドニプロに避難してきました。

オレナさんにとっては、今も口にするのがつらい記憶です。

「私たちはあの頃、しばらく防空壕で寝泊まりしていました。そばにあるものから夫がどうにか修理したラジオが、外の世界との唯一の繋がりで、そのお陰で、2022年3月に避難を決意できました。」

オレナさんとイェフェニアさん母娘 Photo: IOM/Stanislav Kalach

美大志望のイェフェニアさんは、故郷で過ごした最後の日々、冷たい床の上で肖像画を描きはじめました。

イエフェニアさんのその他の作品(本人提供)

オレナさんは語ります。

「その絵は、中世の服を着た女性の肖像で、言葉では何とも言い表せない深い悲しみと苦痛に満ちた表情でした。それはイエフェニア自身のその時の心情に違いありません。その後、私たちの住まいは焼け、その作品も一緒に失われてしまったとわかりました。私たちの身に起こったことを象徴するようです。」

イエフェニアさんがかつて通っていた美術学校は、マリウポリ劇場の向かいに位置していましたが、2022年3月にロシアの空爆で倒壊しました。

倒壊したマリウポリ劇場 Photo:ドネツク州提供
オレナさんとイェフェニアさん母娘 Photo: IOM/Stanislav Kalach

IOMでシニア・プロジェクト・アシスタントを務めているユリイ・ヴォロビヨフは、こう説明します。

「マリウポリ市は、同市から避難した約1万人がドニプロで登録され、ほぼ同数が未登録だと推定されます」

かつてのマリウポリの住民たちは、他の国内避難民と同様に、複数の困難に直面しています。最大の問題が、住居です。オレナさんの友人たちは一時的な住まい探しを手伝ってくれましたが、オレナは自分の家を持つほうがずっとよいと考えています。

「賃貸アパートは自分のものという感じがせず、制限があり暮らしにくいのです。一緒に暮らす5人のうち、3人は同じソファで寝るのですから。」

ヴィクトル一家に居室を案内するIOM職員 Photo:IOM/Stanislav Kalach

マリウポリにいた頃も、ヴィクトルは製鉄所で働いていましたが、現在の勤め先では賃金が下がりました。借家住まいで家族の経済的負担は増し、月収の半分は家賃に消えます。ヴィクトルさんは言います。

「この3年間、自分は新しい冬用のジャケットを買っていません。成長期の息子の服を買うと、そんな余裕はないのです。」

 

避難民のもうひとつの課題は、社会的なつながりを失ったことです。教員のテティアナは振り返ります。

「故郷には、私の同僚がいました。そして教え子、そしてその親たちにも、知られ、愛され、尊敬されていました。新しい土地では、何もかもゼロから始めて、自分の専門性を示し、新しい人脈を築いていかなければなりません。」

 

人々はまた、何年も住んでいた家を離れ、大切なものを置いて避難してきました。多くは荷造りをする時間もなく、重要な品物や文書すら残してきています。2人の子どもを連れてマリウポリを逃れたオクサナは、ノートパソコンも持ってきていません。

「子どもたちのビデオや写真を全部パソコンに入れていたのです。母親として、それらの思い出はかけがえのないものです。」

オクサナさんとアリーナさん Photo:IOM/Stanislav Kalach

ドニプロの街では、マリウポリからの避難民が落ち着き、快適に過ごせる場所を求めています。

「私たちはよく川に行きますが、マリウポリの頃の習慣で、いつも海に行くといってしまいます。娘の友達はいつも『ここには海はないよ!』と訂正してくれます。」とオクサナは言います。

ドニプロ工科大学内の集合住宅の修復作業 Photo:IOM/Stanislav Kalach

今回紹介した家族はすべて、フランス政府、リヒテンシュタイン政府、USAID人道援助局、そして日本企業であるAPAMAN株式会社および日本のビジネス団体である全国賃貸管理ビジネス協会からの追加支援を受けて、IOMが実施する、ドニプロ工科大学内の集合住宅の改修工事の完了を待ち詫びています。これにより、各家庭にキッチンと専用バスルームを備えたワンルーム式の居室が提供される予定です。約200世帯が被益し、避難民が直面する最も緊急な課題の解決に貢献します。

ドニプロ工科大学内の集合住宅の修繕作業 Photo:IOM/Stanislav Kalach