タイ 出入国在留管理庁からIOMへ派遣 2022年11月

 

IOMアジア太平洋地域事務所 保護ユニット 地域保護オフィサー

押部 佳子(おしべ よしこ)

 

プロフィール

法科大学院卒業後、出入国在留管理庁(当時、法務省入国管理局。以下「入管庁」という。)に入庁。米国の大学院で修士号を取得し、2022年4月よりIOMアジア太平洋地域事務所に2年間(予定)の派遣。同庁からIOMへの派遣は初めて。

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押部氏の勤務するIOMアジア太平洋地域事務所前で Photo: IOM2022

 

(2022年11月、インタビュー実施)

 

Q(IOM駐日事務所):移民や人の移動の課題に関わるようになった経緯を教えてください

A:移民・難民政策は、昨今、重要度を増し、注目されている分野だと思いますが、あまり馴染みのない方も多いかもしれません。私の場合は、大学時代に法学部で学び、副専攻としてフランス語を選択したことを切っ掛けに関心を持ち始めました。フランスの社会統合政策は、導入当初、非常に高く評価されていましたが、次第にヒジャブ(注)を含む文化的摩擦や移民2世3世をめぐる就業困難、貧困などの問題が顕在化していく過程を学び、「移民政策は複雑で難しい」とさらに興味を持ちました。その後、法科大学院で難民認定の実務について学び、また難民と認められた方々と話す機会などを切っ掛けに、難民を取り巻く課題に携わりたいと考えるようになりました。

日本で難民認定の事務を所管しているのは入管庁ですから、大学院卒業後は同庁に入庁しました。当初は難民認定に関わる仕事ができればと思っていましたが、入管庁は、難民認定に留まらず、出入国審査や在留審査、退去強制、在留支援と非常に幅広い事務を所掌しており、私自身も様々な業務を経験しました。

もっと自分の幅を広げたいと思い、米国に留学し、国際関係学修士号を取得しました。児童婚や名誉殺人など、ジェンダーに基づく迫害を理由とする難民認定申請を中心に、国際人権法、ジェンダー論、強制移住を含む人の移動等、幅広く国際関係について学びました。「人の移動」について研究する中で、少しずつ自分の領域が広がっていくのを感じました。

 

Q:なぜIOMへ派遣されることになったのですか

A:難民に関わりたいという思いは変わらず、自分のライフワークですが、もう少し幅広く、「移民」、「人の移動」全般について勉強する必要があると考えていました。IOMは、まさにこのような領域で活動する国際機関であり、入管庁とも様々な関わりがあったので、「仮に国際機関で働く機会があったとしたら」と尋ねられた際、真っ先にIOMを志望しました。様々な調整を経て、入管庁として初めてのIOMへの派遣が叶うこととなりました。バンコクに所在するアジア太平洋地域事務所のポストに就かせていただいていますが、非常に良かったと思っています。まず、地域事務所は、管轄下の各国事務所を支援する役割を持っていますので、政策的な観点から、地域について幅広く学ぶことができます。また、日本は、アジア太平洋地域からの人の流入が多いので、今後日本の政策を立案する際にも、この地域で勤務するのは大きな糧になると考えています。

 

Q:現在はどのような業務に従事していますか?

A:アジア太平洋地域事務所にあるいくつかのテーマ別ユニットのうち、「脆弱な立場にある移民の保護」に関わる「保護ユニット(Protection Unit)」で仕事をしています。例えば、人身取引被害者、保護者の同伴しない子ども、女性、収容されている移民等を主たる関心領域としています。管轄する各国事務所がそれぞれ実行するプロジェクトに関する文書のレビュー、各国事務所に対するテーマ別ガイダンス、研修の実施や、東南アジア諸国連合(ASEAN)や(人の密輸・人身取引及び関連する国境を超える犯罪に関する)Baliプロセス等の地域的な政府間取組との協力連携・技術支援、他の国際機関との協力連携等の業務を行っています。もともとは3人のチームでしたが、私が来て4人になりました。

 

Q:1日の過ごし方を教えてください

A:電車に乗って、朝8時に出勤しています。まず、メール確認をして照会に対する回答をし、それから内外の会議に出席します。お昼は、事務所の同僚と外でランチをすることが多いです。会議のない時間には、管轄する各国事務所から提出される提案書や報告書等の文書のレビューをしたり、会議に向けてプレゼンやトーキングポイントを作成したりもします。また、日本政府出身者ということで、日本関連の仕事を担当することも増えてきました。例えば、国際協力機構(JICA)との意見交換や、日本のメディアや研究者からの問合せ対応等です。また、IOMは、特に「ビジネスと人権」という視点からの移民保護についても、様々な活動を行っていますから、これからはタイで活動している日本のビジネスコミュニティーとも、協力関係構築の機会があると思い、開拓していきたいと思っています。そして午後5時には、事務所を出て帰宅します。

 

Q:IOMと入管庁の共通点や相違点はどんなところでしょうか

A:まず、IOMも入管庁も「人の移動」という同じテーマを扱っていて、このテーマが今後発展的であること、だからこそ、同じように成長していける組織であるはずだということです。この分野は重要度が増してきていますから、今後、業務の質と量の面でも、組織規模の面でも、ますます大きくなっていくでしょう。いずれにおいても、秩序ある人の移動、移民の保護といった目的のために日々貢献できることは、非常にやりがいのあることだと思います。

これまで、入管庁では、日本という一つの国のために仕事をしてきましたが、IOMでは、地域事務所で働いているということもあって、アジア太平洋地域の各国の現状と課題、政策や取組み、それを支援する活動を広域的に学ぶことができています。様々な国の良い取組みも課題も勉強させていただいていますので、それを持ち帰って、日本での政策立案の際に活用できたらと思っています。

また、業務の進め方に関しては、IOMも、国際機関として組織規模が大きく、官僚機構と似ている部分があるように思います。日常業務から、組織の大きな変革まで、様々な調整が必要であるという点は、お互いに共通する悩みでもあり、また面白さでもあるのではないでしょうか。

ただ、移民をめぐる考え方においては違いがあるかもしれません。IOMは、国際機関として、移民の権利を保護し、人道的で尊厳を守る形での人の秩序ある移動の支援を趣旨としていますから、移民を中心としたアプローチを推奨しています。一方、入管庁職員は、国家公務員ですから、その意味で究極の奉仕対象は日本国民です。もちろん、入管庁も外国人に寄り添った共生社会を実現するために、様々な取組みをしています。権利を不当に害してはならないことはもちろんですし、外国人にとって魅力ある国になることは日本のためにも必要なことですから、よりスムーズな出入国ができるようにしたり、外国人のための在留支援センターを東京都内に設置したりしています。ただ、国際機関、政府機関という組織の役割分担という観点からの違いだろうと考えています。

最後に、働き方に関しては、日本の省庁とは大きな違いがあると感じています。派遣前はウクライナ支援に関わる業務に従事していましたが、時には帰宅が午前3時、4時になることもありました。国会業務や緊急性の高い業務を扱う部署に配属されると、残業も多くなる傾向にあります。ただ、組織の在り方を考えた時に、やはり職員自身の健康や家庭とのバランスも大切だと思っています。そういう意味では、IOMの今のチームは非常にバランスを大切にしていますね。特に、派遣開始時には、コロナの影響もあって、在宅勤務が主流でしたし、勤務時間も柔軟でした。実は、私は現在妊娠中なのですが、上司や同僚は「体がきついなら在宅勤務をすればいい」と言ってくれます。日本で働いていたら、毎日出勤しなければという思いになっていたかもしれないと思いますから、実体験として、働きやすいです。

 

Q:IOMと入管庁のお互いの良いところを導入するとしたら、どういった部分になりますか

A:IOMが持っている70年間蓄積された知見、経験は、日本という国にとっても、大きな示唆があると思っています。それはグローバルな知見であり、保護ユニットが扱っているような特定のテーマに関する知見でもあります。文化的な摩擦の緩和や、人身取引被害者へのサポートなど、日本がまさに、「外国人との共生社会」を目指す中で、「管理」という視点とは異なる取組みも進めていかなければいけません。

入管庁がもたらすことができる価値というと、やはり日本はアジア太平洋地域において外国人受入れ国として1、2の立場にある国ですから、もっとリーダーシップを持って地域支援に携わることができると考えています。地域における人の移動をめぐるガバナンス、「ビジネスと人権」の分野における移住労働者の保護など、もっと取組みを強化してもいいのではないでしょうか。

 

Q:印象深い仕事について教えてください

A:2022年9月にバンコクにおいて、国連主催の「ビジネスと人権」に関する地域会議が開催されました。各国連機関や各国政府、市民社会やその他のパートナーが参加し、移住労働者の保護などに関しても活発な議論が行われました。「ビジネスと人権」の分野において、日本にリーダーシップを取ってほしいというアジア地域からの大きな期待を実感し、日本との協力の可能性を見い出したという意味では、非常に印象深かったです。

 

Q:入管庁に戻った後はどのような業務に従事しますか

A:特定の業務を希望はしていませんが、一度は、外国人の在留支援や共生政策に関わりたいと思っています。外国人との共生を目指す日本の政策を立案するにあたり、どのような課題があり、どう解消していくのかという仕事に取り組んでいきたいです。その際は、IOMでの業務を通じて学んだことが必ず役に立つと考えています。もちろん、入管庁の事務は、先にお話ししたとおり幅広いので、IOMでの経験は様々な分野において役立つと思っています。保護ユニットの業務内容との関連では、来日する外国人は特殊な配慮が必要なケースも多くあります。例えば、審査の過程で人身取引被害者であることが発覚したり、収容に関してもどのような配慮が必要かなど、IOMで学んだことを活かすことができると考えています。

また、入管庁が発信している政策や対応策が、IOM、あるいはアジア太平洋地域の国々に、まだ十分には届いていないということも実感しています。現在、入管庁は、広報分野の取組み、多様な言語での発信を強化していますが、日本政府の政策も活動も、発信した限りでしか理解されませんので、このような意識で広報分野に携わるのも面白いかもしれません。


(注) イスラム教徒の女性が頭髪を覆う布