IOM駐日事務所

コーディネーター(移住保健)

高橋 香(たかはし かおる)

■プロフィール

自治医科大学を卒業後、医師として僻地勤務をしながら、脳神経外科専門医を取得。臨床医11年目に一念発起し、家族と共にイギリスに留学し熱帯医学と公衆衛生を学んだ後に、一般公募で国際移住機関(IOM)へ。移民の健康(Mingration Health)分野の専門性を武器に、ネパール、バングラデシュ、トルコでの勤務を経て、2021年より現職、結核をはじめとする日本における移住にまつわる保健支援を率いる。


Q:新卒では、臨床医として10年間勤務されたご経験について教えてください。

A:臨床医時代は山形県の診療所や町立病院で勤務し、地域医療に携わっていました。特に高齢者の方が多い地方では、地域社会と密に関わって、患者さんと双方向のコミュニケーションを取りながら、クオリティオブライフ(QOL)を保つことが非常に重要です。家族構成や生活習慣など、丁寧なヒアリングを通して、生活に密着したサポートに取り組んでいました。このときに培った全人的医療の視点は、現在IOMで移民と関わる際に、とても役立っていると感じます。

また、脳神経外科は分野として関心があったので、地域医療と並行して脳神経外科専門医の資格を取得し、義務年限終了後は脳神経外科医として働くことを検討していました。

 

Q:その後、国際協力へとキャリアを大きく転換されています。この道を目指したきっかけや、決断に至った理由を教えてください。

A: 学生時代から国際NGOの見学や、海外ボランティアなどに頻繁に参加し、海外の貧困問題や国際医療に関心を抱いていました。医師として働き始めた後も、休みを利用してはボランティア活動を続けていました。

その中で、東ティモールの診療所を支援した際に、設備が十分に整っていない環境で、日本とは疾病構造が違う熱帯での診療に自分の力不足を実感し、短期間のボランティアでは支援に限界があると感じました。

脳外科医として働く予定だったのですが、悩みに悩んだ末、「やりたい!」という気持ちが勝ち、キャリアチェンジすることを決断しました。

 

Q: 医師としての専門性を持った上での留学先でのご経験について教えてください。

A: 海外ボランティアに参加していたころから、海外における感染症や保健活動などを扱うには、日本での臨床経験だけでは専門性に欠けることを痛感していました。そのため、きちんと大学で勉強しようと思い、留学することを決めました。

フィールドに強いと評判の良かったタイのマヒドン大学で熱帯医学のディプロマコースを修了し、その後、ロンドンにて公衆衛生で修士号を取得しました。さらに、IOMネパール事務所で働き始めた後も、オンラインコースを受講し、疫学の修士号も取得しました。

海外での生活や勉強は初めてだったため、英語や欧米式のグループワークなどに苦戦しましたが、臨床医では得られない視点を養うことのできた貴重な経験でした。

トルコ勤務時代、首都アンカラでIOMが支援するクリニックで同僚と共に (写真:本人提供)

Q: その後IOMの職員となり、ネパール、バングラデシュ、トルコとキャリアを積まれてきました。各事務所でのご経験について教えてください。

A: IOMネパール事務所では、移民・難民受け入れの際に義務付けられている、渡航前の結核や感染症の検査を行う「ヘルスアセスメントプログラム」に従事していました。

キャリアチェンジをしてから初めての国際機関勤務の経験でしたので、全てが新しく、慣れるのに時間がかかりました。ちょうど第二子を妊娠、出産したタイミングだったこともあり、IOMの育児休暇制度、ナニーさんや家族に助けられながら、仕事と子育てを両立させることができました。

バングラデシュ事務所では、保健以外のプロジェクトにも、分野横断的な立ち位置で関わる機会に恵まれました。国境管理や移民政策の立案に、保健の要素を組み込む働きかけなどを行い、経験の幅を広げるとても良い経験だった思います。

そしてトルコ事務所では、ちょうど2016年のシリア難民危機に見舞われたタイミングであったことから、IOM内でも急遽保健部門が拡大し、新しいクリニックやプロジェクトの立ち上げなど、よりダイナミックな仕事に携わるようになりました。総勢約100名のスタッフを統括する立場となり、ここでの経験を通して、中長期的な視点、そして育成・マネジメントスキルが得られたと思います。

 

Q:現在、IOM駐日事務所で取り組まれているお仕事について教えてください。

A: 現在日本では、新規結核が主に高齢者と外国籍の若者の間で増加していることが問題視されています。これを受けて、日本政府は近々、入国前結核スクリーニングを開始することを決定しています。

IOMは移民に対して正規のルートでの移住を促進しながら、グローバルな保健コミュニティにおいても、国境管理の重要性の認識を保健の視点から高めてもらえるよう活動しています。渡航前に結核スクリーニングをしてもらうことは、移民自身の健康、そして日本の結核対策の観点からも非常に重要です。

この制度の導入に向けて、私は厚生労働省や結核研究所と協力し、実施に向けた準備を行っている他、IOMの各部門と連携しながら入国前結核スクリーニングのプラットフォームの構築などに取り組んでいます。


Q:IOMならではのやりがいや、組織としての特徴はありますか。

A: IOMの魅力は携われる分野が広いことだと思います。移民に関わる分野は経済、政策、多文化共生など、範囲が非常に広いため包括的に受益者にアプローチできるところが魅力です。私の場合ですと、移住にかかわる他部門と保健の観点から連携できることに、面白さを感じています。またフィールドオフィスを複数経験してきましたが、受益者の方々との距離が近いところもIOMの強みだと感じます。

そしてIOMはフィールドの裁量が大きく、立場が上の人とも話しやすい雰囲気があると思います。やる気、関心を示すと色々な仕事を任せてもらえますし、家族との時間もきちんと尊重してもらえるので、女性としても、とても働きやすい環境です。

また、組織として職員のスキル維持・向上に力を入れており、医師の臨床力や専門医維持の時間外活動にフレキシブルに対応してくれています。

 

Q:今後のキャリアの展望について教えてください。

A: 「移住×保健」の分野における専門性をさらに高めていくとともに、その専門性を生かして受益者の方々に還元できるような仕事をしていきたいと考えています。

また、トルコ事務所以降、多様なバックグラウンドを持つスタッフを率いる機会が増えましたので、読書やトレーニングの受講を通して、日本人の自分だからこそできる、コミュニケーションの取り方やマネジメント方法を模索したいと思います。

 

Q:国際機関での勤務を志す人に、メッセージをお願いします。

A:昨今、少しずつ女性が働きやすい環境が築かれてきていますが、やはり「女性だから」と、第一線で活躍することに限界を感じている方もいらっしゃるのではないかと思います。ワークライフバランスを保ちながら家庭と仕事を両立することは、決して不可能ではないのだということが伝われば、と願うとともに、特に医師をはじめとする医療関係の専門性を持つ方にも国際機関をキャリアの選択肢の1つとして検討してもらえると、とても嬉しく思います。

スリランカの港湾の出入国審査場での感染症対策の調査へ (写真:本人提供)