国際移住機関(IOM)は、2022年2月以降のロシアによる軍事侵攻を受けて国外に逃れたウクライナの人々が、受入コミュニティで今後生活を継続するにあたり、支援の方法、好事例、留意点を、「ウクライナ避難民が歩む道 – 社会的な包摂と結束に向けたIOMガイドブック」としてまとめています。
このガイドブックは、以下の11の課題について、既存の情報や手法、出版物、提言をとりまとめたもので、実際に支援に携わる人たちや政策決定者に示唆を与えるものです。
分野ごとのアプローチ
受け入れ
受け入れ初期に避難民のニーズを的確に捉え、言語や文化的な違いに配慮しながら、必要な情報を提供して支援まで案内することが、避難が長期化する可能性を考えても重要です。保護者のいない子どもや妊産婦、高齢者、障害のある人たちなど、特に困難な状況にある避難民への配慮も必要です。必要な支援を適切なときに届け、社会的包摂の過程が遅れるのを防ぎます。脆弱な点だけでなく、避難民の強みや能力も認識すべきです。また、新たに到着した避難民のためのワンストップ拠点を設けることで、より広い範囲の支援を効果的に行うことができます。
住居
避難民の住居の手配は、最も緊急に必要で重要な支援の一つといえます。受け入れ当初は、ホテルや個人宅などの一時的な住まいで対処せざるを得ませんが、先行きが見えなくなってくると、安全で適正価格、かつ持続的に居住できる住居が必要となります。住居をみつけるための支援や関連の手続きについての情報、家賃補助等の支援、民間セクターとの連携などの方策の検討が必要です。
保健医療
保健医療サービスへのアクセスは個人の権利であると同時に、公衆衛生上の課題でもあります。保健医療施設のキャパシティを拡充させ、特に弱い立場にある子どもや高齢者、妊産婦などへのケアを到着時に重視するとともに、プライマリーヘルスケアへの配慮も大切です。避難民は、戦争で受けた心身の傷に加えて、差別や搾取、言語や文化の違いを通じて、さらに困難な状況に置かれることがあります。心の健康は包摂の成功に関わることから、コミュニティレベルでも適切な対処が必要です。
言語
避難民が避難先各国で用いられている主要な言語を学ぶことは、新しい社会になじむために重要です。言語を学ぶ機会が充分にあれば、大人は就業の可能性も含めて社会により円滑に適応することができ、子どもは学校教育により素早く適応することができます。早期に無料の言語研修やオンライン講座などの機会があるのが理想です。重要な情報については、避難民の使用する言語に翻訳する必要があり、通訳や多言語を話す専門家が支援に関わることが重要です。
教育と家族
ウクライナからの避難民には学齢期の子どもが多く、受入国の教育システムにとって負担になりかねません。また、子どもたち自身が避難先の教育になじむには言語の問題があり、トラウマに対応する心のケアへの配慮も求められるため、避難先でのオンライン学習などの遠隔教育の機会を確保することがまず必要です。合わせて、社会的な交流を確保することも重要です。子どもは親世代よりも新しい環境に適応しやすいので、その結果生じる家族内での緊張を和らげる配慮として、若い世代に特化したトレーニング等、家族の全体へのサポートを考えるべきです。
雇用
移民や難民は幅広い技能を持っていて、市場に貢献したいと考えています。ジェンダーの要素も考慮した技能訓練と雇用機会の確保が肝要です。託児サービスなど、子どものいる女性に配慮した支援が重要となります。避難民が持つ技能を活かせる仕事を探す支援や新たな技能を身につける機会の確保、起業支援などが考えられます。雇用主にも、避難民の就職を妨げるルールや仕組の見直しを求める啓発活動が必要です。
分野横断的なアプローチ
年齢・ジェンダー・多様性
受け入れの際に年齢・ジェンダー・多様性を考慮します。ウクライナのケースでは、ウクライナ政府が成人男性に国外渡航を禁じていることから、女性と子どもの避難民がほとんどです。年齢やジェンダーの要素を考慮した効果的な支援を早期から行うことで、社会への包摂が円滑に行われることが指摘されています。これには、性的マイノリティへの支援、子どもや高齢者に対する支援、多文化を考慮した支援、メンタルヘルスに関連する支援、障害のある人々への支援も含まれています。
保護
避難民のリスクや脆弱性に配慮して対応します。ウクライナ危機以降、人身取引や搾取、虐待および性暴力、心理的ストレスやトラウマなど、保護に関するさまざまな問題が顕在化しました。これらは複雑に結びついており、リスクを抑えながら、女性や子ども、障害者、高齢者、性的マイノリティなど、弱い立場に置かれている人々を、個別支援も組み合わせながら包括的に支えることが重要です。
社会的なつながり
差別に対応し、あたたかく迎え入れる社会を目指しましょう。戦争の影響を受けた人々に対する支援の手がさまざまな側面で差し伸べられている一方で、避難民の滞在が長期化して地域社会に入っていくと、一定の社会的緊張が生まれることもあります。受け入れコミュニティと避難民が触れ合って相互理解を育む活動を取り入れながら、デジタルな啓発活動で社会の理解を促進したり、避難民や移民が基本的な情報や資源・サービスにアクセスしにくいのであれば、障壁を取り除いたりすることも重要です。
デジタル、および経済的な包摂
社会的包摂のために、安価でニーズに合ったデジタルや経済関連の支援を取り入れます。言語や文化の他にも、インターネットの接続や送金など、デジタルおよび経済の分野で障壁があると、日常生活に重大な影響が出ます。必要な書類を持ち合わせていないために銀行口座が開設できなかったり、自分の資産にアクセスできなかったりなどの問題が生じます。避難民がデジタルのサービスに簡単にアクセスして、それらを活用できれば、社会的包摂に役立つだけでなく、デジタル・キャンペーンを通じて外国人嫌いなどの社会問題に対処することもできます。
ガバナンス
国レベルから地方レベルまで、受入国の全ての政府関係機関間で縦と横の調整メカニズムが必要で、こうしたネットワークを通じて、受け入れの緊急時から長期的な包摂まで対応することができます。ネットワークには、民間セクターや市民社会、避難民コミュニティからの参加があるとさらに効果的です。特に支援の最前線にいる地方政府は、主要な支援と個別支援とのバランスを取りながら、支援の従事者のスキルを高め、長期的な支援計画のためのデータ収集をすることも求められます。
日本で避難生活を送る避難民の声
「全国心理業連合会・ウクライナ『心のケア』交流センターひまわり」は、日本で避難生活を送るウクライナの人々を支援していますが、今年(2023年)2月に行った調査で、ガイドブックの11項目に関連した以下のような声が聞かれたといいます。
「言語」に関して困難を感じている避難民の方が多く、日本語を学ぶ機会を求める声が多くありました。言語は、子どもの教育や就職と直接関係しています。ウクライナからの避難民もそれを日本での生活で実感しており、言語は避難先での生活を成り立たせる上で大きな課題です。医療・保健サービスを受ける際も、適切な対処を受けるには言語を通じた理解が重要になります。通訳があっても質に問題があるとの指摘もありました。
「デジタル、および経済的な包摂」分野では、スマートフォンの使用、銀行口座やデビットカード等の開設が主な関心事に見受けられ、他の分野に比べ、困難を訴える声が多いといいます。日本では、在留期間が6カ月以上なければ普通銀行口座の開設ができず、その点を不満に思う声が聞かれました。
ウクライナからの避難民はそれぞれの困難に直面しつつも、現在滞在している日本への感謝の気持ちを述べる方が少なくありません。ウクライナ避難民のケースに限らず、この11項目は、外国からの避難民や難民を含む移民を円滑に迎え入れて、コミュニティの一体化を図る上での課題を確認するのに役立ちます。移民の受け入れや社会統合に関わる方に活用していただきたいツールです。
IOMが発行している各種資料へのリンクを含んだガイドブック全文は、こちらからご覧いただけます。(英文PDF)
ウクライナ避難民が歩む道 – 社会的な包摂と結束に向けたIOMガイドブック