フィリピン 労働者送金が開発に与える影響:出稼ぎ大国フィリピンから 2010年4月 吉川愛子

IOMマニラ事務所の労働移住部でプロジェクト・マネージャーを務めるIOM職員、吉川愛子からの報告です。

労働者送金が開発に与える影響:出稼ぎ大国フィリピンから

2010年4月
IOMマニラ事務所
労働移住部長兼プロジェクト・マネージャー
吉川愛子


グローバル化が進み商品や資本(モノとカネ)が国境を越えることが日常化する中、国際的な人の移動も当然のことながら活発化しています。労働市場がアジアなどの地域や世界という規模で動き、世界中の労働者が交流しています。その流れに沿うように、開発途上国では多くの労働者が海外に就職口を見出しています。そのような労働市場のグローバル化の現状を肌で感じられるのが、現在の私の赴任国、フィリピンではないかと思います。

フィリピンが海外に多くの労働力を提供しているということはあまりにも有名です。政府の報告によれば、年間100万人超のフィリピン人が海外就労のために出国をしており、現在海外で働くフィリピン人の総数は実に800万人を超えているといわれています。フィリピンの総人口は9,000万人規模ですから、おおよそ10人に1人が海外に出ているという計算になり、毎日3,000人以上の労働者が海外就労に出ているということになります。フィリピンからの労働者は合計239国及び地域で、家事労働、船員、エンジニア、看護・介護、観光産業など様々な分野で雇用されています。

 
フィリピンに赴任してすでに1年半が経ちました。現地の人々は英語が非常に堪能で、社交的でフレンドリー、サービス精神に溢れており、また逆境にも強い。私が過去に赴任したどの国の人々と比べても、最も海外でタフに働ける素質をもった人々が多い国だと実感しています。子供や親兄弟の生活を支えるためなら海外で働こうという家族思い面があることや、実際に海外で一儲けしてきた親戚や近所の住民の豊かな生活を目の当たりにする機会の多いことがフィリピンからの海外就労に拍車をかけているといえます。また、フィリピンでは高等教育や技能教育が普及しており、労働人材を育成に力を入れているにもかかわらず、国内で十分な働き口を提供できていないという労働需要供給の構造が根底にあることも指摘しておく必要があるでしょう。
海外に散らばった多数の在外フィリピン人が母国に送り続ける“送金”、それは莫大な額にのぼります。昨年2009年にフィリピンに流れこんだ労働者送金はおおよそ174億ドル。その額は毎年GDPの8-10割、ODA(政府間援助)の約7-20倍以上、海外投資の10倍越に相当します。この巨額の資金がフィリピンの経済、社会、家計に与える影響は計り知れません。社会・人間開発という観点から見れば、送金は貧困層を押し上げ、より多くの子どもに教育の機会を与えています。一方で、国の開発を担うべき優秀な人材が海外に頭脳流失したり、海外就労者の多い地域では、両親の不在による子どもの非行化や送金への依存などという問題もみられます。故郷に錦を上げたいと必要以上に送金する労働者も後を絶ちません。どういった状況や施策により、送金がフィリピンの社会・人間開発を推し進めるのか包括的に調査し、試験的にその各種事業を運営するのが、フィリピンでの私の主たる仕事です。同様のプロジェクトをインドネシアでも同時平行して実施しています。
まず、事業の第一段階として、様々な調査(おもに家計調査)を行いました。そこから明らかになったことは、送金をする海外就労者を支援する活動を拡大すれば、より送金を地域開発などに有効活用できるのではないか、また実際に労働者自身がそのような支援を求めているということでした。現在送金の多くが消費に廻されていますが、衣食住や教育、医療費などではない必要不可欠以外の消費が多いこと、貯蓄や投資など資金の有効活用の知識・情報が不足していることなどから無駄が多く、また、労働者本人や送金受取人が送金の使途を把握していないケースが大変多く見られました。また送金を通じた地域の社会活動への寄付が大規模に行われているにもかかわらず、実際のインパクトの評価やフィードバックがないため、結果が見えない状態になっていることもわかりました。
従来の開発援助の分野では、海外雇用は、途上国の開発が進まない、雇用が創出できないためにおきる「失敗の結果」として捉えられがちでした。そうではなく、海外雇用および送金を「開発のてこ」にしようというこの新しい試みは、まだ未開発の分野といってもよいと思います。開発援助の重要な指標を提供するUNDPの「人間開発報告書」も昨年はじめて「人の移動と開発」にスポットライトをあて、労働者送金についてもさらなる検証が必要であるとしています。移民の専門機関としてIOMも多くの可能性を秘めたこの分野に、より貢献できたらと思っています。