ハイチ 復興活動にたずさわって 2010年4月 大野拓也

IOMは、2010年1月に発生したハイチ大地震直後から現地で緊急支援を開始し、その後も復興支援を続けています。

仮設住居の建設事業に対しては、日本政府から計1,200万ドルの援助を受けて活動しています。

ハイチでの復興活動にたずさわって

2010年4月
Head of Engineering 大野拓也
(IOMスリランカ事務所所属)



およそ5年前(2004年12月)のスマトラ沖大地震後の仮設住居建設に関わって以来、スリランカを中心にIOMの数々の仮設住居事業にたずさわってきた。今回は今年2月21日より1ヵ月の間、首都ポルトープランスにあるIOM事務所でハイチ大地震後の復興作業にたずさわった内容をレポートする。

(1) 現場に到着するまで

ハイチ大地震が起こった2010年1月12日より約1週間を過ぎた頃から、元上司や同僚などから仮設住居計画について相談をもちかけられる。これまでスリランカ国内を中心に2万戸以上の様々なタイプの仮設住居を建設してきた経験や、スリランカとハイチの気候が似ていることから、できる範囲で回答していた。

現地での活動が人命救助などの緊急対応から、避難所の設営や仮設住居の建設準備に移行してきた時点で、実際に現地に出向いて仮設住居の設計にかかわることとなった。スリランカのカトナヤケ空港から丸2日かけてドミニカ共和国のサント・ドミンゴ空港に到着。そして陸路でポルトープランスに向かった(ポルトー・プランス空港は2月19日より一部再開した)。

(2) まずは情報収集から

国際機関による災害復興支援活動は、住居(シェルター)、医療、食料、教育などの各分野(クラスター)に分かれて行われる。ハイチ到着後すぐにシェルター・クラスターに参加し、援助団体に政府の代表者も交えた復興住居計画についての議論に加わる。ちなみに、このクラスターで話し合われたこと(議事録や住居基準、各団体の仮設住宅デザイン等)はすべて以下のウェブサイトに掲載・更新されている(http://shelterhaiti.org)。

平行して、被災地を回り被害の状況を知ると共に、どのような材料が市場で調達可能か確認した。市街地のどこか一箇所だけが特に被害を受けているというのではなく、どこもかしこも壊れている。そんな中を歩いていると、紛争や怪獣襲撃後の町を再現した映画セットの中に身を置いた感覚になった(写真1)

鉄筋コンクリート造らしき建物の多くに、柱や梁の骨組みとなる鉄筋の数量が少ないことから、コンクリートが鉄筋の合間から抜け落ちて、鉄筋がぐんにゃり曲がっていた。コンクリート自体もモロモロと砂のように崩れ、骨材の選定か配合の不具合かと想像した。

ポルトープランス市内に400以上ある避難所の1つChamp de Marsという約5千世帯が避難生活を送る避難所に入ると、5年前の津波後のスリランカにおける仮設暮らしの様子と、使う部材や料理スペースなどの生活感がすごく良く似ていることに気がついた。テント業界の5年間の進歩もあるのだろう、アルミ材をたわませて、その張力でテント幕を張る構造のテントや色彩鮮やかな材料が増えていた。さらに、地震前はゴルフ場だった場所に約4千世帯が避難生活を送るゴルフクラブ避難所に入ると、人々が所狭しと住む場所を囲い集落ができていた(写真2)

 
被災地を巡って、その被害の大きさと今後の課題について大きく考えさせられた。被災者の置かれた様子を目にして、気が滅入ってしまう新入り職員やボランティアがたくさんいた。自分はこれまでに津波や内戦による惨事を経験してきたため、悲惨な状況に慣れてきたようだ。

(3) IOM ハイチ事務所の仮設住居建設について

仮設住居のデザインは、上記クラスターで定められた基準、予算、工期、入手可能な材料、風土性によって決められる。また、多くの被災者へ必要戸数を期間内に建設するという施工簡易性を求められる一方で、耐震性や耐久性も求められる。IOM ハイチ事務所では、仮設住居を約2年の間におよそ1万6千戸から2万戸建設することを計画している。これはクラスターが推計した今後必要とされるハイチでの仮設住居約12万戸の13-17%を占める(2010年2月当時)。

実際の作業として、上記の設計条件を下に、関連する文献を読みこなし、これまでのスリランカでの仮設住居を建設した経験と絡めて、デザインの草案をつくっては、上司や、政府、ドナー(支援国)の担当者に説明したり、他機関の批判をかわしながら、日々改善していった。設計内容が大まかに決まったところで、実際にサンプルを事務所敷地内に建て、材料の質や設計の不具合、施工の手順を検討した。

主な資材は米国から輸入される予定だが、ハイチ国内はもちろん、隣国のドミニカ共和国、またアルゼンチンなども資材調達先の視野に入れる。ちなみに米国マイアミからポルトープランスまでは飛行機で1時間の近距離である。

材料が届くのを待つ一方で、ポルトープランス市内の仮設住居の建設予定地を訪れ、建設中に必要な水の確保、材料の保管場所等の確認を行って、スタッフへの指示用に検討項目を作成していく。また仮設住居建設チーム結成のため、地元ハイチ人を対象に技術職員採用の面接を開始した。彼らもまた被災者であり、志願した理由の多くが「前の会社が地震で潰れたから」、「担当建設事業が地震で凍結し、同時に首になった」で、面接官としては「それは大変でしたね」とぐらいしか言えなかった。

次に、現場での必要となる大量の労働者の手配を検討する。被災者の雇用拡大を狙いつつ、これまでIOMがハイチで仕事をしてきた馴染みの建設業者を集め、入札前の説明会を行った。震災復興と名の下で、大きなビジネス・チャンスを狙う人々も少なくなく、公平かつ適正な判断が求められる。

指定した仕様どおりに納入されない資材、予定どおりに進まない工期、こちらの指示を仰がない労働者、等々の難題を克服しつつ、仮設住宅のサンプルが苦労の末できあがった(写真3)。面積は約18平米、少なくとも3年を対応年数として計画した。

(4) 生活環境について

ハイチに着いた当初はしばらくテント生活であった。国際連合ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)の敷地内に地震後から間借りしているIOM事務所もしばらくテントの状態が続き、日中は暑さや埃に悩まされた(写真4)

 
IOMでは緊急支援には、世界各国から経験豊富なスタッフが集められ、事業の立ち上げが行われた。その過程でこれまでIOMが活動してきた各被災地での復興支援に関するノウハウが生かされている。およそ30国籍からなる200名を超える職員が協力し、時には怒鳴りあいながら、日々の活動を続けている。現地の活動では、キーとなるのがやはりハイチ人職員である。日々の活動に集中していると、彼らが被災者であることをつい忘れてしまうが、彼らが自らの辛さや悲しみを乗り越えて、日々夜遅くまで活動する姿には頭が下がる。

かつてフランス植民地だった影響で、現在ハイチで使われている言語はクレオール語とフランス語。フランス語の次に耳にするのは、英語よりもスペイン語である。隣国ドミニカ共和国を始め、中南米出身者のほとんどがスペイン語を話している。国内でアジア人が占める割合はかなり低かった。

(5) 終わりに

避難所の写真を撮っていると、被災した子供たちが寄ってきた。なんせ言葉が通じないので、お金が欲しいのか、日本人が珍しいのか、大人にかまって欲しいのかわからないが、まとわりついて離れようとしない。この中には両親を失くした子も居るだろうし、学校もまだ始まっていないし、寂しさを紛らわせるならと、少しだけ一緒に遊んだ(写真5)

被災者らは、悲しみや怒り、不満を多かれ少なかれ内に秘めていて、ふっとしたことでそれが外に出たり、援助関係者にぶつける結果となることが多々ある。今回の滞在中も職や金を懇願されたり、泣きつかれたりした。彼らのエネルギーをかわす術を知らないと、現場での精神的疲労はかなりのものとなる。彼ら一人一人に対応するかわりに、自分の与えられた仕事(仮設住居建設)に邁進することで、彼らの力となると思うようにしている。

「ハイチ』とは、先住民族インディアンの言葉で「山ばかりの土地」を意味するにふさわしく、山が多く平地が極端に少ない。海岸線から5キロも入っていないのに、山裾がすぐそこまで広がる。仮設住居地をつくるのに何が必要か、それらを作っても人々は住むのかなど、現場では議論が始まった。被災者を強制移住することのないように、生計手段の確保や入居する被災家族の選定などの議論がなされている。こうしたことは日本での震災復興やスリランカの津波復興でも問題視されてきた。住居のための土地の確保には、これから想像以上に苦労するだろう。

ハイチの真の復興が一日でも早く訪れることを切に願いながら、今後も活動を続けていく。
ハイチ共和国 概要(外務省ウェブサイトより)

<基本データ> 
 国土:27,750平方キロメートル(北海道の約3分の1)
 人口:950万人(2007年世銀)
 首都:ポルトープランス(人口約250万人)
 言語:仏語、クレオール語
 政体:立憲共和制
 元首:ルネ・ガルシア・プレヴァル大統領(2006年5月就任、任期5年)
 GNI:4,118百万ドル、一人当たり560ドル(2007年世銀)
 通貨:グルド(1米ドル≒37グルド)

<地震発生>
 日時:現地時間1月12日午後4時53分
 (日本時間1月13日午前6時53分)
 震源:首都ポルトープランス郊外約15km
 規模:マグニチュード7.0

<被害状況>
 被災者数:約370万人
 死者数:約22万2500人
 行方不明者数:約5万9000人
 負傷者数:約31万人
 避難者数:約224万人
 倒壊住宅:10万5000戸
 損壊住宅:20万8000戸
 ※震源地近くでは建物の8~9割が損壊

参考ウェブページ
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/haiti/earthquake/index.html
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/haiti/earthquake/pdfs/gaiyo.pdf