フィリピン 巨大台風被災地での復興支援プログラム 2014年4月

はじめに

2014年1月より、IOMフィリピンにHealth Reporting Officer として赴任し、昨年11月にフィリピンを襲った巨大台風ハイエン(Haiyan: フィリピンでの名称はヨランダYolanda)の復興支援プログラムに従事しています。

私は、英国の大学卒業後、日本の民間医療機関でカンボジアの保健開発プロジェクトに係わり、医療者派遣や教育プログラムのコーディネーターとして約2年勤務しました。その後2012年よりオランダの大学院へ奨学金留学し、開発学(社会政策専攻)を学びました。

在学中にIOMソマリアの保健プログラムスタッフ募集に応募したところ、結果は不合格だったのですが、後日ハイエンの支援プログラムから声をかけていただき、卒業と同時にIOMへの就職が決まりました。国際機関という職場も、災害緊急援助の仕事も初めての経験ですが、その体験について少しご紹介します。

IOMのハイエン被災地支援プログラムでは、特に被害の大きかったビサヤ地域に5つのサブオフィスを置いており、私はその一つのパナイ島にあるロハス(Roxas)サブオフィスに駐在しています。このオフィスではShelter support(被災家屋の修復)、CCCM(Camp Coordination and Camp Management:避難所および仮設住宅の管理)、Protection(人身保護)、Health(保健・医療)の各分野で支援を行なっています。

現地の活動

私はその中で、おもにHealth(保健・医療)活動のレポーティングの仕事を担当しています。パナイ島での保健プロジェクトは、農村部の公営クリニックでの医療活動、薬や物資の供給、入院や手術費用の補助などさまざまです。

レポーティングの主な仕事は、それらフィールド(現場)での活動状況についてマニラの本部への報告、統計とデータベースの管理、ドナー視察の対応、内外向けニュースレターの作成などです。普段はオフィスで仕事をしますが、フィールドを視察したり、他の援助団体との調整ミーティングに出席したりすることもあります。

IOMの医療スタッフが診療をしているクリニックの視察に行って、患者さんから「IOMのおかげでとても助かっているよ、ありがとう」と声をかけていただくときなどは、ほんとうにこの仕事に就けてよかったと感じます。

ハイエンの直撃から約5ヶ月が経ちますが、現地ではいまだに半壊状態の家で暮らす人や、テントや避難所で暮らす人がいます。フィリピン農村部の一般住宅は竹とココナッツの木を組んだだけのような簡素な作りのものが多く、多くが台風の犠牲になりました。
IOMでは、被災した家ごとにタープやシャベルや釘など修理用の道具、生活用品などを配布しています。

病院やクリニックも大きな損害を受けましたが、IOMは台風の衝撃への耐性を考慮した修復をしています。

保健面でいえば、急性の病気や外傷など、台風が直接原因の症状で治療を受けにくる人はピーク時よりは減ってきています。

しかし、稼ぎ手を失った所帯やもともと所得の低かった所帯、お年寄りのいる所帯などでは、服薬・通院を続けることが難しくなってきています。地域のヘルスステーション(簡易診療所)が台風で損壊したために、遠くの病院へ通わなければならず、その交通費が負担になっているというケースなども増えています。

また、多くの人が犠牲になったこのような大規模災害では、被災した人のメンタルヘルスの悪化も心配されます。実際に、IOMの看護スタッフがフィールドを視察中に、物資を受け取りに来た人にうつ症状があるのを発見し、メンタルケアを施したこともありました。

このように時間とともに変わるニーズに応えるため、IOMでは医療者や自治体リーダー向けのメンタルヘルスケアトレーニングも行なっています。災害直後の緊急支援に終わらず、現地に腰をすえて息の長い支援を続けていく必要があると思います。

IOMの仕事環境

IOMの職場環境は、ひとことで言えば堅苦しくなく働きやすい雰囲気です。相談や質問があれば上司のオフィスにも気軽に立ち寄れるなど、組織内の上下関係をあまり感じさせず、また課せられたタスク以外にも必要だと思うことはどんどん提案できる環境です。フィリピンの人は一般にとてもフレンドリーな人が多く、私のオフィスでは現在約70人中外国人は私含めわずか二人という環境ですが、明るく陽気なフィリピン人スタッフに囲まれて楽しく仕事ができています。

一方、今回のような緊急支援プログラムでは仕方のないことですが、ほとんどのスタッフが短期契約で雇われており、キャリアの選択肢としては、その先の見通しが定まりにくいという難点はあるかと思います。

おわりに

台風ハイエンの被災地は、もともと貧しかった地域も多く、その復興といっても単に元の状態に戻せばよいというものではない難しさがあります。IOMとしても限られた資金やキャパシティをうまく配分しつつ、将来の天災に備えてより強く耐性のある社会へと建て直す“Build back better”を目指して支援をしていく必要があります。

フィリピンの人々は、避難所住まいのなかでも明るい笑顔を絶やさない、とても「resilient」な人々だといわれます。この人々が一日も早く十分な衣食住を確保し、安定した生活が送れるよう、私も微力ながら、精一杯尽くしたいと思っています。