エクアドルで難民支援に当たる元カンボジア難民のエリザベスさん

世界各地の移民のストーリーをウェブサイトやソーシャルメディアなどで紹介して、人の移動や移民のポジティブな側面を伝える、IOMの‪#iamamigrant‬ キャンペーン(http://iamamigrant.org/)(敬称略)

「難民は決して選択してなるものではないけれど、私のように、難民や移民、その子どもたちに機会を与えたいのです」

elizabeth

 

出身国を聞かれると困ります。両親はカンボジア出身ですが、私は住んだことがありません。タイの難民キャンプで生まれたのですが、そこでの記憶はありません。

3歳頃に両親とアメリカに再定住をし、20代前半まで暮らしました。アメリカで暮らす多くの移民の子どもたちと同じく、成長の過程で幾つもの国籍を持つことの意味を理解できずにいました。しかしそれが逆に私の目を海外に向けさせる原動力にもなりました。15歳のとき、母と初めてカンボジアへ行きました。当時クメール・ルージュ体制崩壊後20年ほどしか経っておらず、まだ国として再建の道を歩み出したばかりでした。私の人生の中で初めて、どうしようもないくらいの貧困を目の当たりにしました。戦争の結果は、国から逃れることができなかった多くの人びとを苦しめていました。アメリカでの私の両親の生活は決して楽なものではありませんでしたが、カンボジアではあり得なかった、新しい機会を得たのです。

大学卒業後は、ドミニカ共和国でアメリカの平和部隊ボランティアをしました。そこで水道や、24時間使える電気を当然のものと考えてはいけないことを学びました。大学院では、ロータリー平和フェローシップを受け、東京で勉強する機会を得ました。東京は私が今まで住んできた中で最も進んだ都市のひとつで、想像しうるあらゆる快適な設備が整っていました。海外のどこで暮らしていても、家族とアメリカが恋しくなりますが、世界についてもっと多くのことを学ばなければならないと思っています。今は、エクアドルのキトで難民の再定住プログラムに従事しています。

エクアドルでの生活は快適です。自分がスペイン語を勉強したり、難民のために働いたりするとは思ってもいませんでした。私は自分の人生でしてきた選択にとても感謝していますし、いろいろな国々を移動するというのは常に自分自身の決定でした。難民は決して選択してなるものではありません。私のように、難民や移民、その子どもたちに機会を与えられるようにできたら、と思うのです。

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