イタリアで暮らすチュニジアからの移民二世ライラさん

世界各地の移民のストーリーをウェブサイトやソーシャルメディアなどで紹介して、人の移動や移民のポジティブな側面を伝える、IOMの‪#iamamigrant‬ キャンペーン(http://iamamigrant.org/)(敬称略)

「あなたは半分イタリア人で半分チュニジア人なのではなく、100%イタリア人でもあり100%チュニジア人でもあるのよ」

laila

私の両親はチュニジア人ですが、私はミラノで生まれ育ったいわゆる移民2世です。今では多くの移民がここに住んでいますが、私が小さい頃はイタリア人しかいませんでした。

外ではイタリアの言語と宗教の環境で生活を送ります。でも家では、フランス語とアラビア語が混ざったチュニジア語を使い、違う宗教の慣習に従い、違う料理を食べます。それはまるでイタリアにいながら、一歩家の中に入るとチュニジアに帰るという感じでした。いつも二つの現実を行き来してきたので、自分は何者か、と説明するのはなかなか難しいことです。

自分はイタリア人であり、またチュニジア人でもあると考えています。母は、私が7歳の頃からよく、「あなたは半分イタリア人で半分チュニジア人なのではなく、100%イタリア人で、100%チュニジア人でもあるのよ。一人の完成された人間なの。」と言ってくれました。

でも一度だけ、世界貿易センターが攻撃された時には、自分が何者なのか考えさせられました。周りのみんなは私のことを「お前はタリバンだ、お前の親父もタリバンだ!」とか「なんでヴェールをつけないのか?」と言い、その時に自分は周りの人たちとは違うんだと気が付きました。

チュニジア人である私がイタリアに住んでいるように、イタリア人はどういう風にチュニジアで生活しているのだろうといつも思っていました。1861年イタリア統一の直後には、多くのイタリア人がシチリアからチュニジアへ移住しました。チュニジアで暮らすイタリア人は「キフキフ」として知られていますが、それは「似ている」という意味です。チュニジア人に見た目がよく似ていると思われていたのです。初めて一人でチュニスへ行ったとき、チュニジアに住んでいるイタリア人コミュニティーの人たちと会う機会がありました。そこでシチリア語、フランス語そしてチュニジア語方言を話す人と会い、とても興奮しました!

将来はイタリアとチュニジアの関係に携わる外交官になりたいと思い、政治学を勉強しています。チュニジアの外交官としてイタリアで働くのではなく、イタリアの外交官としてチュニジアで働きたいと考えています。それは外交がイタリア発祥で、その発祥の地に暮らしていることに誇りを持っているからです。

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