日本で暮らすアフガニスタン出身のセディクさん

日本で暮らすアフガニスタン出身のセディクさん
世界各地の移民のストーリーをウェブサイトやソーシャルメディアなどで紹介して、人の移動や移民のポジティブな側面を伝える、IOMの‪#iamamigrant‬ キャンペーン(http://iamamigrant.org/)(敬称略)

「特にアフガニスタンのような国では、海外に出て、さまざまな人たちと出会うことが必要です。他の国を見てそしてまた国に帰ることが」

iamamigrant sediq

 

セディクはアフガニスタンのマザリシャリフ出身で2010年に家族とカブールへ移住しました。研修医として国連やその他の国際機関で働いていましたが、引き続き医学の勉強することを希望していました。

長い申請期間ののち、2014年に奨学生として京都で公衆衛生を学ぶ機会を得ました。それまではアフガニスタン以外の国に住んだことはなかったのですが、日本へ行くことを待ちきれない思いでした。

「長い間日本に対して興味を持っていました。文化や仕事に対する姿勢など、概してアフガニスタンでの日本の評価は高いです。」

来日後京都に到着した際、セディクは自分が想像していたものとは大変違うことに驚きました。

「日本は発展した世界三大経済大国の一つで50階や100階建てのビルがあると考えていましたが、京都は多くのお寺と歴史のある場所の多い美しい街でした。」

桜、新鮮な空気、落ち着いた京都の生活にセディクは魅了されていきました。

「京都は非常に美しい街で、私は大好きです。第二の故郷のように思っています。今でも以前住んでいた小さなアパート、近所の人たち、クラスメートや教授がとてもなつかしいです。」

セディクの家族は当初京都へ一緒についていくことができず、自分一人で身の回りのこともしなければなりませんでした。当初は料理や洗濯等で苦戦したものの、徐々に慣れていきました。

セディクの行く先々で、多くの日本人が彼のバックグラウンドや出身国のことを知りたがりました。アフガニスタンはいい意味でも悪い意味でも注目され、色々と関心を持たれていました。反対に休暇中アフガニスタンに帰ると、彼の家族や友人は日本での生活について色々と聞いてきました。特に箸については「日本人はどうして棒で食事ができるんだ!」と驚かれました。

セディクは日本の文化に適応するのはそれほど難しく感じませんでした。多くの面で日本とアフガニスタンの文化の共通するものを見つけました、それでも、自分の国の様々なことを懐かしく思います。

「日本はアジアの一部でお互いの文化で共通していることがあります。人びとはとても礼儀正しく、日本人はお辞儀をしますが、私たちは手を胸に当てます。人の家に上がる際には靴を脱ぎますが、私たちも同じです。友人を招待するときも同じようなやり方をします。」

世界でも10番20番目に入るような貧しい国から最も豊かな国の一つに来て、多くのことに驚かされました。それでも母国の友人、家族、カブールのほこりでさえも恋しくなることがあります。異なった社会に溶け込むには時間が必要です。」

新たな世界を見ることで、自国へ新しい考え方をもたらすことが出来るとセディクは考えています。

「外に出て自分たちとは異なった人びと、姿勢、文化や行動を見ることは大事だと思います。特にアフガニスタンの状況のことを考えると、外に出て他国を知り、そして帰ってくることはとても重要です。40年近くに亘る紛争で国はひどく疲弊してしまい、また人びともそれに慣れてしまいました。普通でないことも普通と受け取るようになりました。外に出ることで、そんな状況を当たり前と思わず、もう一度変えていこうという気持ちになります。」

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