日本で暮らすブラジル出身のフラヴィアさん

世界各地の移民のストーリーをウェブサイトやソーシャルメディアなどで紹介して、人の移動や移民のポジティブな側面を伝える、IOMの‪#iamamigrant‬ キャンペーン(http://iamamigrant.org/)(敬称略)

「『親にできることは教育を与えることだけ』と言われ続けました」

iamamigrant flavia

 

私は現在、日本の広告代理店で日本企業の海外進出をサポートする仕事をしています。
 
日本で暮らし始めたのは9歳のときです。当時日本語は全く話せませんでしたが、地元の小学校に通い始めました。両親も日本語が不自由だったので、学校でのきまりや日本の慣習がわからず、持ち物や服装が他の子どもと違っていたりすると、いじめられたこともありました。「国に帰れ」と言われたこともあり、中学までは自分の居場所がない、と感じていました。
 
中学卒業後、周りのブラジル人の友人と同様に、私も工場で働こうと思っていたのですが、両親に「あなたは高校や大学に行きなさい。親にできることは教育を与えることだけ。」と言われ続けました。
 
高校に入学し、「英会話部」に入ったのですが、その顧問の先生が私に親身になって接してくれました。私にスピーチコンテストへの出場を勧めてくれて、初めての参加で入賞することができました。その頃から私にも何かできる、と自信が付き始めました。顧問の先生と担任の先生が大学への進学を勧めてくれて、授業が始める前にも後にも、夏休みにも、熱心に受験勉強を指導してくれました。そのときは、自分でもできることは何でもやろうと、食事や入浴の時間を削って勉強しました。希望していた大学は国際的な環境で、自分にぴったりだと思っていたので、合格したときは本当にうれしかったです。2人の先生との出会いのおかげ、また両親が私を大学に行かせようと思い続けてくれたおかげだと思います。
 
大学に入って東京で暮らし始め、初めて周りの友人から対等に扱われていると感じました。しかし、日本に住む外国人についての授業を受けて、周りの日本人の学生が現状を理解していないことを知り、自分の環境をより理解しようと思いました。そのため、移民や難民について勉強を始めました。大学時代はIOMでインターンをし、卒業後はカナダの大学院に留学して移民について学びました。

今は、リオ・オリンピックを機に、ブラジルで日本を紹介し、観光客の増加やビジネスの活性化につなげる仕事に携わっています。ブラジルと日本での両方の経験が生きる、まさに自分のための仕事にやりがいを感じています。今後、日本企業が海外に進出することで現地の雇用を増やしたり、現地の人たちのキャパビルにつながったりといった仕事ができたらいいな、と思っています。
 
インタビュー実施:2016年7月
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