ハイチの保健事業に関わって 2013年3月

IOMハイチ事務所 保健プロジェクトオフィサー
吉田 友希子

ハイチ 首都ポルトープランスの病院の視察と物資配達時、 入院中の子どもと母親と共に (一番手前が筆者)Provided by Yukiko Yoshida.私は2012年5月から2013年3月までの約10ヶ月間、外務省の平和構築人材育成事業の研修員として、IOMハイチ事務所の保健部署にて国連ボランティア(UNV)/保健プロジェクトオフィサーとして勤務し、主に公衆衛生とコレラ対策に携わりました。

ハイチでは2010年1月の震災から3年が経過した現在においても、約32万人の人々が国内避難民として避難民キャンプにおいてテントやシェルターまたはそれに準じた住居環境での暮らしを余儀なくされています(2013年3月現時点)。IOMハイチ事務所は震災直後から、首都ポルトープランス及び各地方の国内避難民キャンプ及び地域で生活する人々に対し、多方面から人道支援活動を行っています。

IOMハイチの保健プロジェクト

私の所属した保健部署では、ハイチ政府保健省に対し技術的支援を提供し、世界保健機構(WHO)や他の国際/現地機関とも連携しながら、避難民キャンプ及び地域に暮らす住民の保健ニーズに応え公衆衛生を改善する為の支援を提供しています。IOM内の他部署(キャンプ運営管理の統括部署、水衛生、シェルター、保護など)とも連携しながら包括的なサポートを行うことを重視しています。

ハイチ 世界手洗いの日のイベントにて キャンプの子どもたちに手洗いの指導をする IOMの看護師 Provided by Yukiko Yoshida.保健部署の活動は多岐にわたりますが、主にコレラ対策、地域への再定住支援、社会心理的サポートの3つのプロジェクトが中心となっています。コレラ対策としては、患者の調査、初期治療の提供と医療機関への紹介、コミュニティヘルスワーカーの育成、啓発活動等の活動を行っています。再定住支援には、主に医療支援の必要な患者の選定と医療機関への紹介及び治療の為の経済的支援が含まれます。心理社会的支援は、心理学の専門職やソーシャルワーカーによる精神疾患患者や性的暴行の被害者などに対するカウンセリングや専門機関への紹介を行います。支援対象者としては、特に妊産婦、5歳以下の乳幼児、高齢者、障害者、慢性期疾患患者など、社会的に脆弱な立場にある人々が最優先となります。

私は主にコレラ対策プロジェクトを担当しましたが、保健部署にはチーフと私しか国際スタッフがいなかった為、それに限らず事業の運営管理全体にわたり多種多様な業務を担いました。

コレラ対策プロジェクトへの関わり

ハイチ Oral Rehydration Postの視察時、 キャンプに住む子ども、IOM現地スタッフ 及びコミュニティヘルスワーカーと Provided by Yukiko Yoshida.IOMは2010年10月のコレラ発生直後から、保健省と協働しながら対策を行ってきました。コレラはコレラ菌という病原体に汚染された水や食物を介して感染する経口感染症で、治療には脱水状態の改善が重要です。IOMの活動としては、優先度の高いキャンプにおいて初期治療として電解質・水分を経口で補給する経口輸液(Oral Rehydration)を行う為の簡易設備(Oral Rehydration Posts)の設置、点滴やより高度な治療が必要な重症患者の医療機関への紹介と搬送、患者の調査及びデータ管理システムの構築、啓発活動、コミュニティヘルスワーカーの育成などを行っています。コミュニティヘルスワーカーとは住民の中から選定された人々で、IOM現地職員の指導・管理のもとで上記の活動の中核を担う人材です。

このコレラ対策事業の一つの成功事例をここにご紹介したいと思います。当時首都ポルトープランス内のキャンプに住んでいたある28歳の女性は妊娠9か月の時にコレラ症状を発症しました。夜中に症状が悪化し、その際にIOMの啓発活動でコレラに関する話を聞いたことを思い出し、このキャンプを担当するコミュニティヘルスワーカーに連絡しました。このコミュニティワーカーたちが電話での情報収集から重症性に気づき救急車を要請、すぐに医療機関に搬送し、初期治療へとつなげました。その翌日に彼女の陣痛が始まり、回復期のコレラの治療を継続しながらも、無事に元気な女の子を出産することができました。これは、IOM現地スタッフとコミュニティヘルスワーカーによる日頃からの啓蒙活動と、症状発症時の迅速な対応、医療機関との連携が功を奏して命を救うことに成功した一事例といえます。

ハリケーンの緊急支援への関わり

任期中、ハイチは二度のハリケーンの被害を受けました。日本の台風のような状態が数日続きますが、テントで暮らす人々にとって強い雨風は大変な脅威になります。また不衛生な環境に雨が降り続くことにより、コレラの再燃が起こります。IOMでは事前の被害予測から特に洪水が起こりやすい地域のキャンプの住民を安全なシェルターへと避難させ、またコレラ予防や洪水対策などの啓発活動を行いました。保健部署では他部署とともに避難に同行し、医療的介入が必要な人々を選定・支援し、乳幼児を持つ母親への教育活動や、ストレス対処法等の情報提供を行い、現場のニーズに応じた支援を提供しました。

私は主に現場のスタッフから集めた情報を統合し担当部署に報告書を提出する業務を担当しました。緊急支援の場合、現場の活動とともに資金調達の為の報告も重要ですが、現場スタッフの負担になったり活動を妨げることがないよう、また通信事情が悪い中でも最低限かつ効果的に情報収集を行えるよう、必要な情報を明確に指示し、常に現場スタッフと密に連絡を取ることを心がけました。

その他の業務

事業全体の運営管理とともに、事業企画書やドナーへの報告書の執筆なども担当しました。また外国からの帰還民の医療カルテを査定し、医療ニーズを抱える患者を選定し必要な現地医療機関やNGOへとつなぐ業務にも関わりました。さらに保健部署のチーフが不在時には代役を務め、部署全体の業務管理、スタッフへの指導、内部の管理職のミーティングへの出席や外部機関との調整業務などを担いました。

現場での支援を通して感じたこと

支援を通し持続的な国の保健システムを構築することこそが重要ですが、大雨やハリケーンの起こる度に再燃するコレラへの対策等を続けていく中では、多くの困難を感じることもあります。しかし上記のような裨益者たちとの出会いを通し、自分の行ったデータ分析や啓発活動、他機関との調整業務などの日々の作業は大変地道なものではありますが、結果として現地の人々が必要なケアを得る過程の一端を担うことができたことも少なからずあり、私は微力ながらも目の前の保健システムを改善することに貢献できたという実感を得ることができました。その際、コミュニティヘルスワーカーや現地医療機関などの現場の声をプロジェクト運営管理に反映すること、またこちらからもプロジェクトの方針を現場に伝えたり彼らの貢献に対しては真摯にフィードバックするという相互作用が現場との信頼関係を構築していき、この信頼関係こそが活動の効率・効果を最大限にするために重要であることを学びました。このような一つ一つの活動がIOM全体としての活動になり、また政府や他機関と協働したハイチの保健医療システムの構築というより大きな活動につながっています。今後は、キャンプから地域への再定住支援の強化に重点を置き、プロジェクトは進められる方針です。現地政府の主導権を尊重しつつ、また彼らの能力を強化しながら、より効果的な計画を立案すること、つまり現地政府による長期に持続可能な保健医療システムの存在と、それを運用できる人材育成こそが今後も望まれるものであります。さらに再定住支援の中でも、保健医療を必要とする弱者への継続的支援は重要な要素と考えられます。私自身も保健分野での専門性と経験を活かしてこのような活動に貢献できることの意味の大きさを感じており、そしてこれからも現地の人材・機関が将来的に自らの力で保健医療を担うことができる日が来るための一助となれることを願っています。