人身取引被害者の声

人身取引」という言葉からどのようなことを思い浮かべますか?
IOMは世界規模で、人身取引の問題に取り組んでいます。
日本にも存在するこの問題。被害者の話を聞いてみてください。

ミミさん [仮名] の話

イメージ(記事の内容と直接関係はありません)©IOM 2012私は将来日本のレストランでコックとして働くことが夢でした。そんな思いを抱いていた中、友人にリクルーターを紹介され、日本でコックの仕事を探してくれました。

出発当日、リクルーターに空港で日本人男性を紹介され、彼が日本の職場まで連れて行ってくれると説明されました。しかし、日本に到着すると、この男性に自分の身分証明書を全て取り上げられてしまいました。

そして、連れて行かれたところは、約束していたレストランではなくホステスクラブでした。この日本人男性は、そのホステスクラブのママに私を売ったのです。ママには、「あなたのために大金を支払ったのだから、その分の借金を働いて返しなさい」と脅されました。

私の他にもその店には3人の女の子が働いていました。私たちは監視されていて毎日長時間休みも無く働かされていました。病気に罹っても病院にも連れて行ってもらえず、たくさんの日本人男性の接待を強要させられ、屈辱的な日々を過ごしていました。

そんな日々に耐えていく中で、私は逃亡を決意しました。何人かの見知らぬ日本人に助けられた後、私は日本のシェルターに保護されました。世界中には、私のように人身取引に巻き込まれてしまった人々がたくさんいます。どうかそんな人たちを助けてください。

グロリアさん [仮名] (15 歳)の話

「一日に一食しか食べられないこともありました。2才だった妹はお腹をすかせてよく泣いていました。妹にはミルクの代わりにお湯を飲ませていたのよ。」

地元の仲介人がグロリアの日本行きを手配しました。日本に来る前、グロリアは何も書いていない紙にサインさせられました。後でわかったことですが、その紙は「日本で3 年間働く。契約を満たさなかった場合は、その分の料金を支払う」という内容の契約書だったのです。

出発の日、グロリアは「パスポート」を渡されました。「パスポート」の身分証明のページにはグロリアの写真がありましたが、個人情報は全く違っていました。全てはグロリアがよく名前も知らない仲介人が手配したものでした。

日本に着くとすぐに、彼女はバーのホステスとして働かせられました。またお客とデートに行くよう強制されました。実際の給料は、出発前に聞いていた額を下回るものでした。

その後グロリアは警察による稼動先の摘発によって救出され、故郷へ帰国するための支援を受けました。帰国前、グロリアの母親が匿名の脅しを受けていることがわかり、仲介人の仕業ではないかとグロリアは疑っていました。グロリアは無事に母国へ帰りましたが、安全が確認されるまで家族と地方に滞在することにしました。

これらのエピソードは、IOMの自主的帰国と社会復帰プログラムで支援を受けた、被害者女性たちの体験のほんの一部です。