事務局長 ウィリアム・レイシー・スウィング
現在、人身取引の被害者は世界中に数百万人いるといわれている。この数字の一つひとつがそれぞれ一個の生身の人間であることに考えを及ばすのはほぼ不可能で、およそ解決できない問題のように思える。しかし、そうではない。本日の人身取引反対世界デーに際し、人身取引を減少させるだけでなく、撲滅に向けた重要な取り組みが可能だとの信念を持つ必要がある。
私が率いる国連システムで唯一移住を専門とする国際移住機関(IOM)では、日々、人身取引案件に関わっている。人身取引は、誘拐や人身売買、強制労働、腎臓などの臓器を取られるという以上のものが含まれる。労働者が採用・斡旋料を請求される、給与が払われない、あるいは退職ができないなど、人身取引は雇用の過程で巧妙に発生し、彼らを更なる搾取や人身取引の被害に遭うような脆弱な状況に置く。正規や非正規のルートで世界中を移動する移民は、こうした虐待に遭いやすい。密入国の仲介者に自ら身をゆだねて旅を始めた多くの移民が、移動の過程で人身取引の被害者になり得る。
これまでのIOMやIOMのパートナーによる、すでに9万人にのぼる被害者に対する積極的な保護や支援の提供に加え、国際社会が一丸となって、人身取引対策を改善し、より効率的な方法を実行するとともに、人身取引問題に取り組む政策やプログラムにより正確な情報を提供できるよう、IOMは人身取引に関する世界的なデータの収集と分析に力を入れている。
たとえば2015年以来、IOMは地中海東部、及び中部ルートを渡航する移民22,000人を調査している。これは欧州への地中海ルート上での、移民の人身取引や搾取に対する脆弱性を調べようとする最も大規模な調査である。インタビューされた約39%の移民が、人身取引につながり得る直接的な虐待や搾取などの経験を報告するとともに、人身取引やその他の搾取が疑われる実際の経験をしている。地中海中部ルートだけをみると、インタビューを受けた73%までもが、こうした経験をしている。IOMはこの調査で、どういった要因が、移動中の移民の人身取引や搾取に対する脆弱性につながるのかを研究している。
IOMはまた、国境や機関を超えた情報分析を促進し、この複雑な問題への包括的な理解を深めるために必要な情報を人身取引対策関係者に提供することを目指している。これに関連して、IOMは近々「人身取引対策データ共同研究」を設置する予定。IOMやパートナー団体の被害者事案データを活用した、初めての人身取引の公開データプラットフォームとなる。
新たな知識やツールを作りだす上では、世界のリーダーたちと情報を共有し、理解を深めていくことが重要。今年9月には、「安全で秩序ある正規の移住に関するグローバルコンパクト」策定への取り組みの一環として、移民の密入国と、現代の奴隷制である人身取引に関する適切な認定と保護、移民と被害者への支援などについて各国政府が議論をする。IOMはこの機会を通じて、IOMの数十年に及ぶこの分野での研究と実践に基づいた専門的知見を共有すると同時に、他の関係者からも様々なことを学ぶ。
われわれは人身取引によりよく対処する方法について、学び続けて理解を深めているが、未だに答えのない疑問が多くある。何によって移民は人身取引に巻き込まれやすくなるのか。現在人身取引の被害に遭っている人について、何がわかるのか。将来どのようにしたら人身取引をなくせるのか。
全ての答えは今ないかもしれないが、今現在明らかなのは、データと知識を蓄積してどこでも使えるようにすることは、この問題に関わる全員に役に立つということだ。リスクのある全ての人を知ることはできないが、移住をより安全で秩序があり、正規のものにすることで、移民の脆弱性を緩和しなければならない。人身取引の被害者の数は正確にはわからないが、非常に多いことははっきりしている。
人身取引と戦うために、われわれは多くの疑問に答えよう努力をしなければならない。われわれは、共通のデータや知識、ツールを使ってより良く問題に取り組み、そして協力して対応することが求められている。
「人身取引反対世界デー」IOM特設サイト